こころの筋トレ

こころにも筋トレ。日々の生活の傍らで感じたことを形に

アニメ「けいおん!」を音楽的に振り返る〜10周年に寄せて〜

シャッフル再生していたら、久しぶりに「ふわふわ時間」が流れてきました。

結論から言うとちょっと泣いてしまいました。


けいおん ふわふわ時間 【歌詞付き】

 

アニメ「けいおん!」の放送は2009年4月で、もうすぐ10年になります。

わたしは当時大学生でしたが、アニメの舞台となっているところのすぐ近くに住んでいたこともあり、なにかと思い出深いアニメです。

 

けいおん!」の功績は日本アニメ界にとって非常に大きく、「涼宮ハルヒシリーズ」と並んで2000年代のアニメ史を語る上で欠かせないどころか、アニメ史を"けいおん!以前"と"けいおん!以降"に分けるほどの重要作品です。

 

これほどの重要作品である理由はいっぱいありますが、今回は音楽的な観点で振り返ってみたいと思います。

 

1.「けいおん!」とは

私立桜が丘女子高等学校(桜が丘高校)[注 8] に入学した田井中律は一緒に入学した幼なじみ秋山澪と共に軽音部の見学に行こうとするが、部員が前年度末に全員卒業してしまったため、4月中に新入部員が4人集まらなければ廃部になると聞かされる。その後、合唱部の見学に来るつもりで律の勧誘で軽音部に来てしまった琴吹紬は、律と澪の掛け合いを聞いているうちに彼女達を気に入り、入部することに同意する。3人は部の存続のため、あと1人を入部させるべく勧誘活動を開始した。

そんな中、主人公の平沢唯は何か部活に入ろうとするが何も思いつかず、2週間もの間入部届を書けずに日々を過ごしていた。そんな時、軽音部の存在を知った唯は「軽い音楽って書くから、簡単なことしかやらない(口笛とか)」と思い入部届を出してしまう。実際にはバンド活動をするなどを知り「自分にはバンドはできない」と入部を取り消してもらうために部室を訪れた唯だったが、3人の演奏を聴いて心を動かされ入部を決意。

こうして集まった4人は唯の楽器購入を手始めに、練習・合宿・学園祭とゼロからの音楽活動を行っていく。

けいおん! - Wikipedia

原作は「まんがタイムきらら」系列で2007年からスタートした4コマ漫画。いわゆる学園青春モノであるが、真面目にバンド活動で上を目指すというよりは登場人物の日常にスポットを当てつつ、メンバーの関係性や気持ちの変化をメインテーマにしています。

 

アニメ化当初の人気はすさまじく、今ではすっかりおなじみとなった聖地巡礼(=アニメの舞台となった場所を実際に訪問すること。当時はそれほどメジャーではなかった)のために滋賀県豊郷小学校京都市左京区にファンが殺到するほか、主人公の唯のギターであるGibsonレスポールスタンダード(約25万円)が各地で売れまくったり、軽音部の入部者が急増するといった現象が巻き起こりました。

 

けいおん!」のヒットを皮切りに、以降女子高生の日常4コマ漫画/アニメが大量生産されることとなり、これらは後に4文字系(ゆるゆりみなみけ等)として呼ばれることになります。

 

けいおん!」の監督は当時新人であった山田尚子監督。余談ですが山田監督はこのあと「たまこまーけっと」「たまこラブストーリー」「聲の形」などの監督を務めることとなり、わたしの大好きな監督の一人であります。

 

 

2.「けいおん!」のヒットと功績

2006年に「涼宮ハルヒの憂鬱」が大ヒットとなり、さらに2007年には「らき☆すた」が大ヒット。その制作を務めていた京都アニメーションが「けいおん!」を手がけたことからも視聴者の期待は高かったと思います。

 

 

これらの期待が後押しした部分は少なからずありますが、最大の理由は楽曲でしょう。

 

軽音部のメンバーで構成されたバンド「放課後ティータイム」の楽曲は、元々は原作中でメンバーたちが考えた作詞等をベースに作られ、キャラの声優たちが歌うというものでしたが、これが単なるキャラクターソングの範疇を大きく超え、1つのバンドミュージックとして大いに通用する完成度を誇っておりました。

 

今でこそアイマスシリーズ、ラブライブ、バンドリなど、楽曲に力を入れたアニメもずいぶん増えましたが、けいおん!以前ではあくまでもキャラ(声優)がそのキャラらしい、かわいらしい歌を歌うキャラソンが当然でした。

そこに過去のロックミュージシャンにリスペクトを払いつつ、本格的なバンドミュージックを持ち込み、なおかつキャラソンとしても成立している、という放課後ティータイムの楽曲が登場し、瞬く間に人気となりました。ひとえに京都アニメーションの音楽スタッフの尽力の為せる技です。

 

 

なお話は逸れますが、同じく京都アニメーション制作の「たまこまーけっと」では、毎回レコードの曲を登場人物が流すシーンがありますが、この曲はすべて架空のアーティストと曲で、それぞれの時代(例:70年代フレンチポップ)をイメージして音楽スタッフが作成したものとのこと。気合の入り方がすごい。

マニュエラだから作れた『たまこまーけっと』の音楽の記事一覧 | サウンド&レコーディング・マガジン

 

閑話休題

 

 

こうして高い音楽性を秘めた放課後ティータイムは大人気となり、オリコンチャートでも1位を獲得するなど圧倒的な反響を呼びました。 

TVアニメ「けいおん! ! 」劇中歌集 放課後ティータイム II(通常盤)
 

 

 

以上を踏まえて改めて「ふわふわ時間」を聴いてみましょう。


けいおん ふわふわ時間 【歌詞付き】

 

間奏のギターソロ、Cメロのベースライン→サビの流れとか、なんていうか、本物じゃないですか??アニメ本編でこれが流れたときは今以上の衝撃でした。

 

放課後ティータイムは他の曲もいい曲が山程あるんですが、よろしければアルバム聴いてみてください。

夢眠ねむ卒業に寄せて

どうも、お久しぶりです。

 

natalie.mu

 

ねむきゅん、卒業してしまいましたね。

武道館の卒業公演、わたしは行けませんでしたが、毎度のことながら熱量のこもったナタリーさんのレポートを見れて胸がいっぱいになりました。

 

卒業は寂しいですし、思うことはむちゃくちゃありますが、

何よりも、完璧と言える素晴らしい引き際だったな、と。

 

 

夢眠ねむは、すでにでんぱ組.incとしての活動にとどまらず、その幅広い知識と経験、多摩美大卒のキャリアをフル活用して、書籍、キャラクターデザイン(たぬきゅん)、バラエティ等、活動の範囲をどんどん広げています。ボーカロイドにもなってるし。 

VOCALOID 夢眠ネム

VOCALOID 夢眠ネム

 

 

また本人もそれなりの年齢(年齢非公開ですが)です。

アイドルとその年齢については様々な議論があるので割愛しますが、聡明なねむきゅんが考えないとは思えません。

このタイミングで他の活動にシフトしていくのは、自身のキャリアから見ても極めて自然です。彼女のポテンシャルを考えると、今後の長い人生をアイドルの華やかなスポットライトだけで終わらせるのはあまりに勿体ない、と個人的には思います。

 

 

でんぱ組としても新メンバーのねもぺろ加入から1年が経ち、新体制が板についたところで次のステップに進むというのは、総じて良いことだと思う。残ったメンバーは寂しいとは思いますが、限りなく皆が幸せとなる卒業だった。

 

 

 

とはいえ、やはりイチファンとして、もう見れないというのは辛い。

どうしようもなく辛い。

辛いけど、

彼女の今後のキャリアがあまりにも輝かしく見えるので、わたしは素直に見送れるのだと思います。

 

 

ねむきゅん、今までありがとう。

でんぱ組に初めて興味を持ったのは、あなたが同じ三重出身であるということを知ったときでした。

 

 

 

最後に、脱退後メンバーについてほとんど言及していなかった最上もがちゃんが、ねむきゅん卒業に寄せてコメントを出していたこと、バルーンを送っていたのを見てちょっと泣きそうになりましたとさ。

 

f:id:kawacchosan:20190112225810j:plain

 

 

読書レビュー:モリー先生との火曜日(NHK出版)/ミッチ・アルボム、別宮貞徳

 

普及版 モリー先生との火曜日

普及版 モリー先生との火曜日

 

 

 

ALSで死に瀕したかつての恩師、モリー先生との最後の講義を記した本。

大学を卒業してから疎遠であった筆者がどのようにモリー先生と再会したのかは本文を読んでいただきたいですが、死に直面しても最期まで人との対話を尊重し続けたモリー先生の姿勢には心を動かされるものがある。

日々を忙しく過ごす中で、ほとんどの人は何が大事なものかを真面目に考えなくなってしまう。まして「愛」とは何かだなどと、いい年こいてバカ真面目に考えられる人がどれくらいいるのだろう。
しかしそれをバカ真面目に考えることは決して恥ずかしいことではない。

筆者はモリー先生を「コーチ」と呼んでいた。これは尊敬の意と、親しみやすさの両側からの意味だ。
このように生涯を通した生き方について、大切なことを教えてくれる師に出会えるということは極めて稀有なことである。
僕は残念ながらまだ出会えていない。


しかし師という言葉を耳にするたび、オウム真理教事件の林死刑囚に対して裁判長が述べた
「およそ師を誤ることほど不幸なことはなくその意味において被告人もまた不幸かつ不運であったといえる。」
という言葉が頭の中をぐるぐる廻る。

人生の師に出会うことは実はものすごく難しい。

読書レビュー:深夜特急<6>(新潮文庫)/沢木耕太郎

 

深夜特急〈6〉南ヨーロッパ・ロンドン (新潮文庫)

深夜特急〈6〉南ヨーロッパ・ロンドン (新潮文庫)

 

 

どうも、お久しぶりです。

2017年初更新になってしまいました。明けましておめでとうございます。

 

本も読んでなかったわけではないですし未レビューのものも溜まってきてますが、

ひとまず少しずつ出していこうかと。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

深夜特急(1)を読み始めたときは26歳ぐらいのとき。当時の沢木さんと同じぐらいの歳だったのに、気づけば30代になってしまった。

 

初めて(1)を読んだときとは自分の立場や考え方が変わっているので、後半は今までのような旅をしたい!と突き動かされる衝動はないものの、物語を聞いているような、不思議な心地よさがあった。

 

(3)ぐらいを読んだ29歳ぐらいのとき、「最初に読んだときより旅をしたい気持ちが薄れている!若いうちに早く読み終わらなくては!」と焦ったものだが、今となっては別の視点で読んでもその面白さは普遍だと思っとります。


また面白いのは中東までかな〜と勝手に思ってたのですが、ヨーロッパに入っても相変わらずおもしろい。


その理由は国柄や沢木さんの体験自体よりも、この本がエッセイとしての面白さを持っているからだろうと思う。

 

永遠の青春小説。From youth to Death.
10年前に出会っていたら、僕もふらふらインドとか行ってただろうなあ。

 

しかしおっさんに近い歳になった自分としては、旅から帰ってきてどうやって現実(=日本)と向き合っていったのかがラストで読みたかった。

 

Amazonでも全6巻セットでお求めやすくなってますので、GWに向けて一気読みするのもおすすめです。

 

ほな。

2016年総括:買ってよかった・面白かった本3選

とうとう2016年も終わりですね。

と言っても体感的にはあれよあれよと言う間に大晦日になってしまったような感覚なので、あまり感慨深く振り返ることはありませんでした。

 

2013年〜2015年は自分でも「下積みの時期」と称していたこともあり、目立った変化もなく防戦一方の日々でしたが、今年は仕事上もプライベート上も大きな変化がある年でした。

本記事でそれらを詳細に書くのはやめておきますが、来年も慌ただしくなりそうです。

 

ブログ自身は相変わらずの零細っぷりですが、去年に比べてアクセス数もぐんと伸びたようなので嬉しい限りです。継続が大事ですね。

 

今年読んだ本たち

2年ぐらい前に比べたら随分読書スピードは落ちましたが、なるべくアンテナ張って読むようにしてます。楽しいですしね。

数こそ少ないですが、せっかくなので個人的に良かったものを3冊だけ挙げておきます。

 

(1)失敗の本質−日本軍の組織論的研究(中公文庫)
失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

 

 

今年一番学びのあった本を挙げろと言われたらこれを挙げる。有名な本なのでご存知の方も多いでしょう。

太平洋戦争で歴史的な大敗を喫した旧日本軍。その敗北の本質を組織論的な観点、つまり日本軍という組織が、引いては日本国がどのような組織的欠陥を持っていたかを論じた一冊。

読み物としても面白く、学びも多い良書。

こちらにもまとめております。

sngsn.hateblo.jp

 

(2)クラウド・コレクター(ちくま文庫)/クラフト・エヴィング商會
新版 クラウド・コレクター (ちくま文庫)

新版 クラウド・コレクター (ちくま文庫)

 

 

総合的に見て今年一番面白いと思った本はこれ。その発想、物語、カバー、目次、挿絵、すべてが面白い。

でんぱ組.inc夢眠ねむさんも「人生の1冊」として挙げておりました。

あらすじを含めて本書について細かく書くのは避けたい。とりあえず読んでほしい。

 

sngsn.hateblo.jp

 

(3)マーケット感覚を身につけよう---「これから何が売れるのか?」わかる人になる5つの方法(ダイヤモンド社)/ちきりん

 はてなではすっかり炎上芸人のような扱いを受けているちきりん氏の本です(2015年発売ですが)。

身近にある「価値のあるもの」を認識する能力、また「価値のあるもの」の価値を正確に見定める能力(=マーケット感覚)を身につけよう、という趣旨。

わたしちきりん氏はどちらかというと好きでして、とても賢くするどい視点で物事を見られる方だと思っております。以前も書いたのですが、彼女がとかく叩かれがちな理由は、彼女の断定的な物言いが細かい部分を見落とすこととなり、結果としてミスリードを招くことが少なくないからではないかと個人的には思っています。

とはいえ、自分の主張を伝えるために仔細をごまかすという手法自体はわたしもあまり好きではありません。

 

(おまけ)かぐや様は告らせたい?天才たちの恋愛頭脳戦/赤坂アカ

 この歳でラブコメ漫画にハマることになるとは思ってなかった。

面白すぎて全巻そろえたけどなんとなく恥ずかしいのでKindleで購入したという逸品。(Kindle初使用)

 

かぐや様がなんといってもお可愛すぎるのですが、登場人物は全員お可愛い。もはや会長もお可愛い。

f:id:kawacchosan:20161231104025p:plain

 

 

 

以上で今年の更新は最後です。

皆様よい年越しをお過ごしくださいませ。

チョロいという表現以外は至極まっとうな意見である

toianna.hatenablog.com

 

読んだ。

 

わたしとしてはおおむね同意見だ。

強いて言うなら炎上の原因は(というかトイアンナさんもわざとやってるんだろうけど)タイトルにも書いたとおり、そのような女の人を「チョロい」と表現したことだけであろう。

 

炎上の理由を考えるのは非常に簡単で、

クリスマスプレゼントを控えたこのタイミングで全国的に人気のブランドを間接的にDISることで、そのブランドが好きな多くの人、そのブランドをプレゼントした/された人の神経を逆撫でしたからということにほかならない。

案の定はてな界隈で大炎上している。

 

 

あえて煽るように書くと、はてな界隈には

ファッション、ブランドに疎い人たち

総じてピュア(恋愛経験が豊富とはいえない)な人たち

が人口比率では圧倒的に多い。

 

 

彼ら彼女らからすると、貧弱なブランド知識を振り絞って色々調べ、安くないお金をはたいてプレゼントした/されたものを貶されたような気持ちになるのはよくわかる。

 

 

とはいえ、特に流行へのアンテナが高い人たち、ファッションや美容へのこだわりの強い人たちからすれば「恋人からもらったものならばなんでも嬉しい」という命題は常に正とは言えないだろう。

例えるならば小さいときに誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントで、ガンダムのプラモデルがほしいのに親が間違ってダンバインを買ってきたようなものである(ダンバインは悪くないのですがあくまでも例です)。

 

自分の持ち物に一定のこだわりを持っている女性は多数いる。

好きなブランドもあれば嫌いなブランドもあるだろうし、たとえ大切な人にプレゼントされたものだとしても、嫌いなブランドのものを肌身離さず持っておくことに抵抗を覚える人がいてもおかしくないだろう。

 

 

元記事では4℃が槍玉に挙がったが、おそらく4℃である意味はそれほど大きくない。4℃的なものは世間に溢れている。

わたしの中での4℃はポール・スミスTHE BODY SHOPだ。

※念のため言っておくがそのブランドの製品が悪いという意味ではない。

 

 

 

しかしトイアンナ氏も言っているが、”チョロい”ことは悪いことではないのだ。

チョロいという言葉が悪いというのであれば「素直に喜べる」と言い換えてもいい。

もっと言うなら、明らかに”チョロい”人の方がモテる。

 

 

 

流行への感度が高めの人は上記の流れを経ることで、センスが研ぎ澄まされる代償にプレゼントを素直に喜ぶ能力が低下する。

イオンにでも入っているTHE BODY SHOPよりもSABONやJohn Masters Organicsが気になるようになり、高いお金を出してそれらの製品を買おうとする。当然プレゼントもそちらをもらえるほうが嬉しいと思うようになるが、逆にBODY SHOPの製品で満足できなくなる。

 

 

わたしはそのことを決して悪く言うつもりはないし、むしろ個人的にはそんな流行感度が高い女の人のほうが好きだ。しかし実際問題としてはBODY SHOPのボディクリームで喜んでくれるような素直な子の方が確実にモテる。

 

 

自身の自己研鑽の結果なのか元々の正確なのかは置いといて、トイアンナさんはもはやBODY SHOPの製品で喜ぶ側ではないのだろう。

 

 

はてな民の怒りもわからんでもないが、実際みんながみんな「自分のために一生懸命考えてくれたプレゼントならなんでも嬉しい」といったピュアな心を持っていないし、その素直さがないことを貶める必要もない。

素直に喜べること(=チョロいこと)は素晴らしい。逆に、自分のこだわりを貫くこともまた素晴らしい。

 

願わくば、これらの人たちの価値観が衝突し、プレゼント交換が微妙な空気にならないことを祈るばかりである。

読書レビュー:女子をこじらせて(ポット出版 )/雨宮まみ

 

女子をこじらせて (幻冬舎文庫)

女子をこじらせて (幻冬舎文庫)

 

 

先日亡くなられた雨宮まみさんのエッセイ。

幼少期から現在に至るまでの半生を振り返り、自分がなぜ、どのように「女子をこじらせて」きたかが語られている。

自分の中にどうしようもなくうごめく”女”性と、それをうまく解放できないこじらせてしまった自分、また女ゆえに否応なしにつきまとう男社会での違和感と戦い続け、彼女なりに一つの着地点を見出したのだと思う。

自分は男なので、彼女の思いに完全に寄り添うことはできないし、理解することもできないかもしれない。しかしその苦悩に少しだけでも触れられただけも、本書を読んだ意味はあったのではないかと思う。

男だってひねくれたところはあるし、自分もどちらかというとひねくれた方だ。
彼女に自分を投影することはおこがましいとも思いながら、わたしもまた、自分のひねくれた半生を振り返ってしまった。


本書を読むと、悩みながらも前向きに進む雨宮さんが見えたのだが、それでも亡くなってしまうのですね。
まだまだ語られなかった深淵があったのでしょうか。もっと彼女の言葉を読みたかったと思います。


後半で久保ミツロウとの対談があったが、正直完全な蛇足だと思った。
自虐の言い合いで内々に盛り上がる感じ、雨宮さんの真面目な指摘をいい加減にはぐらかす久保さんなど、これまでの読後感が一気に後味悪くなった感じだった。

一方でラストの上野千鶴子さんの解説はすばらしい。
以前に「すべてはモテるためである」の解説の上野さんがひどすぎるとボロクソに書いてしまったが、今回の解説は的確かつ背景をしっかり踏まえた非常に読み応えのあるものであった。